社会保険労務士試験【労働基準法】<令和3年第3問>

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労働基準法に定める賃金等に関する次の記述のうち、正しいものはいくつあるか。
A 一つ  B 二つ  C 三つ  D 四つ  E 五つ

労働基準法 令和3年第3問 ア

使用者は、退職手当の支払については、現金の保管、持ち運び等に伴う危険を回避するため、労働者の同意を得なくても、当該労働者の預金又は貯金への振込みによることができるほか、銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手を当該労働者に交付することによることができる。

解答の根拠

則7条の2②

まずは「賃金支払いの五原則」です。これは暗記必須です!

【賃金支払いの五原則】
①通貨で ②直接労働者に ③全額を ④毎月1回以上 ⑤一定の期日を定めて 
支払わなければならない

さて、今回の設問の事象は、この五原則のどれにひっかかりそうでしょうか。
●「預金又は貯金への振込み」→直接労働者に払っていない?
●「小切手の交付」→通貨で払っていない?
となりますね。

しかし、ここでもう一度設問をよく読むと、「賃金」ではなく「退職手当」となっています。

ありがちなのは、「キタキター賃金支払いの五原則!」と早とちりしてしまうと、思わぬミスをする可能性もありますので落ち着いて問題文をよく読みましょう。

「退職手当」の支給方法について、「労働基準法施行規則 第7条の2第2項」には、「労働者の同意を得た場合には」設問にあるような「預金又は貯金への振込み」や「小切手の交付」ができる、と書いてあります。

したがって、「労働者の同意を得なくても」と書いてある設問は誤り、となります。

今回はおそらく、仮に「賃金支払い五原則」の話と勘違いしたとしても、結果として同じ「誤り」という結論に至ったかもしれませんが、本来は異なるアプローチですので、もしそう考えた方は注意が必要です。

また、自分自身が当事者になったイメージを持ち、定年を迎え楽しみにしていた退職金が、勝手に小切手で支払われていたら…いくら金融機関が支払保証をしていたとしても、いろいろ手間がかかりそうですよね。

「現金の保管、持ち運び等に伴う危険を回避するため」など、いかにも労働者にとってメリットがありそうなことが書いてあるとつられてしまいそうですが、冷静に考えると「おかしいよな~」と気づくことができます。

この肢は×です。

労働基準法 令和3年第3問 イ

賃金を通貨以外のもので支払うことができる旨の労働協約の定めがある場合には、当該労働協約の適用を受けない労働者を含め当該事業場のすべての労働者について、賃金を通貨以外のもので支払うことができる。

解答の根拠

法24条① / S63.3.14.基発150号

今回は「賃金」とありますので、今度こそ「賃金支払いの五原則」の出番ですね。

まず、賃金を通貨以外のもので支払うには、法令・労働協約・厚労省令の定めが必要であることは、労働基準法第24条第1項規定の基本事項ですので、忘れずに押さえておきましょう。

ただ、この設問の真の論点は、「労働協約の適用を受けない労働者」も含めてしまっても良いか、という点になります。

労働協約の適用の範囲は、S63.3.14.基発150号に以下のように書かれています。

労働協約の定めによって通貨以外のもので支払うことが許されるのは、その労働協約の適用をうける労働者に限られる

S63.3.14.基発150号

仮に、この通達の内容を知らなかったとしても、「労働協約の適用を受けない労働者まで含めるのおかしくない?」と思っていただければ、誤りだと気づくことができますね。

この肢は×です。

労働基準法 令和3年第3問 ウ

使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することに、労働者がその自由な意思に基づき同意した場合においては、「右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定〔労働基準法第24条第1項のいわゆる賃金全額払の原則〕に違反するものとはいえないものと解するのが相当である」が、「右同意が労働者の自由な意思に基づくものであるとの認定判断は、厳格かつ慎重に行われなければならない」とするのが、最高裁判所の判例である。

解答の根拠

法24条① / 最二小H2.11.26.(日新製鋼事件)

判例をベースにした出題です。

判例を知っていれば即答の内容ですが、多くの判例を頭に入れておく、ということは多くの受験生にとって難しいことです。

過去問や問題集、予備校の模擬試験などで出題があった判例についてはしっかりと読み込んでおくとして、本試験に出題される判例は初めて触れるものも多いでしょう。

こんな判例見たことない…そんなときは、「必殺!!常識的に考える!!」(笑)

私が仮に、本問のベースとなっている「日新製鋼事件」を知らなかったとして、この問題を読んだときにどう考えるか…

・使用者が労働者に対して有する債権…お金を貸しているということかな?

・貸しているお金をお給料と相殺する…ありそうな話だ

・あれ?でも賃金支払いの五原則で、お給料は全額払わなければいけないんじゃなかったっけ?

・でも、一度全額お給料をもらっても、どうせそのお給料から借りたお金を返済するのであれば、「最初から返済金を抜いてくれよ~その方が楽だよ~」と思う労働者もいるかもな

・本人が使用者にプレッシャーかけられたり、強制させたり、脅されたりせずに、自分自身でそっちの方が楽でいい!と思うのであれば、認めてあげても良いよな~

・もちろん、「自分からそうしてほしい!」という事実は、厳格に慎重にチェックしないとね

と、だらだら考えるでしょう。

ちなみに、判例の内容は、実は使用者と労働者が争ったわけではなく、破産をした労働者が自ら進んで使用者に借りていた住宅資金を退職金と相殺した際に、労働者の破産管財人が「おいおい、そんなことしたら俺らの取り分が減るだろう!労働基準法のルールである全額払いを破っちゃだめだよ」と裁判を起こしたようです。

この肢は○です。

労働基準法 令和3年第2問 エ

労働基準法第24条第1項の禁止するところではないと解するのが相当と解される「許さるべき相殺は、過払のあつた時期と賃金の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてされ、また、あらかじめ労働者にそのことが予告されるとか、その額が多額にわたらないとか、要は労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない場合でなければならない」とするのが、最高裁判所の判例である。

解答の根拠

法24条① / 最一小S44.12.18.(福島県教組事件)

これも「必殺!!常識的に考える!!」で乗り切りたいところですが、取り急ぎかぎかっこの判例からの引用文が何言っているかよくわからない、となりませんか?(少なくとも私は一読しても???でした)

この引用文の中で注目すべきは「過払のあった時期と賃金の清算調整」です。

人事や総務で給与支払い事務をご担当されている方であれば、一度くらいは「あ!!間違って多く給料払っちゃった!!」なんてことないですか?(私だけ?)

もちろんそんなときは、当該社員に対して「ごめん!間違って多く払っちゃったから、その分返して!」とお願いすることになりますね。

多くの社員が「仕方ないな~」と返還に応じてくれると思いますが、中には「そっちのミスなんだから返すもんか!アッカンべー」なんていう社員もいるかもしれません

今回の設問のベースとなっている判例「福島県教組事件」も、アッカンべーした(かどうかはわかりませんが)先生がいて、怒った会社(学校)は、「じゃあ、今後支給する給与から、過払い分をカットするからね」となり、「それは労働基準法の全額払いの原則に反するだろう!」と争いになったようです。

では、この学校の対応(過払い給与分を、後日の給料からカットすること)は全額払いの原則に反するのか。

判例では設問文にあるとおり、
合理的に接着した時期に清算される(ずいぶん時間が経ってから清算すると不意打ち感あり)
・「今度の給料で調整するからね」と予告しておく
・額が大きいときは一度に多額ではなく小分けにして回収する
などのように「労働者の経済生活の安定をおびやかすおそれのない」方法であれば違法ではない、と判断しました。

なお、判例では「合理的に接着した時期」について、
・12月の過払い分→1月に予告→3月給与でカット…はOKだが
・9月分の過払い分→1月に予告…は4か月も経過しているから「合理的に接着していない」として無効としています。

本肢は○となります。

労働基準法 令和3年第2問 オ

労働基準法第25条により労働者が非常時払を請求しうる事由には、「労働者の収入によつて生計を維持する者」の出産、疾病、災害も含まれるが、「労働者の収入によつて生計を維持する者」とは、労働者が扶養の義務を負っている親族のみに限らず、労働者の収入で生計を営む者であれば、親族でなく同居人であっても差し支えない。

解答の根拠

法25条 / 則9条

こちらの設問の根拠は、労働基準法施行規則第9条第1項になります。

第九条 法第二十五条に規定する非常の場合は、次に掲げるものとする。
一 労働者の収入によつて生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、又は災害をうけた場合

労働基準法施行規則

「生計を維持する者」とあり、特段扶養うんぬんとは書いておりませんので、正しいですね。

「扶養」や「出産」というワードが設問文にあると、自動的に「健康保険の扶養」をイメージしてしまい、「扶養家族でないと対象とならないのでは?」と先入観を持ちがちです。

社労士のような試験では、科目間で類似の概念が多く、それもあり「横断整理」ということが必要となってきますが、今回の設問でも労働基準法の問題を解くのに健康保険法の概念を使おうとしていることが冷静に考えればおかしい…と気づけると良いと思います。

本肢は○となります。

以上のことから○は3つとなり、正解は「C」となります。

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